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行動療法学会に期待すること(下山晴彦:東京大学、日本心理臨床学会)

 現在の私のテーマは、「臨床心理学の発展に関する比較研究」である。そこで、本小論では、「日本の臨床心理学の発展に行動療法はどのように寄与するのか」という観点から行動療法学会に期待することを考えてみたい。

 私は、1990年代半ばに現場の常勤心理職から大学の教師になった。現場で役立つことを教えたいと思って教科書にする書籍を探したのだが、当時日本語で出版されていた書物のほとんどは“心”の深層(真相ではない!)を扱うものばかりであった。そこに書かれていたことは、現場上がりの私には、一部の、比較的健康なクライエントのみに有効であり、複雑な問題行動や症状を示すクライエントにはあまり役立たないものに思えた。そのようなとき、翻訳を請け負っていたDavison,G.C.他のAbnormal Psychology (Wiley)を読み、米国では行動療法(そして認知行動療法)が主流となっていることを知り、日本で臨床心理学と言われているものが如何に偏っているのかに気づくようになった(註1)。因みにDavison,G.C.は、Goldfried,M.R.ともにClinical Behavior Therapy(1976 Wiley)の著者である。

 そこで、米国や英国を訪問し、臨床心理学の実態を調査し、日本と比較し、日本の臨床心理学の発展の方向を探ることが私のテーマとなった。特に英国のオックスフォードやシェフィールドに滞在し、大学院での臨床心理学の教育訓練だけでなく、コミュニティで実践されている臨床心理活動の実態を知れば知るほど認知行動療法の重要性を認識するようになった(註2)。そして、同じ臨床心理学という名称を使いながらも、どうして英国と日本はこのように異なる在り方になったのだろうかと思い、臨床心理学の発展史を比較するようになった。

 両者の違いを分けたのは、リーダーの見識の違いであった。かたや英国では、Eysenck,Hが心理療法の効果研究の重要性を主張し、モーズレイ病院を中心に行動療法を発展させた。それを基盤として形成された英国臨床心理学は、NHSから活動の有効性が認められ、臨床心理士はメンタルヘルスの専門職として幅広く採用されることとなった。それに対して日本の臨床心理学は、河合隼雄氏の指導の下でユング派の心理療法などの心理力動的モデルを中心として心理臨床学という、臨床心理学と似て非なるものを発展させてきた。しかし、その有効性は不明確であり、専門職としての社会的認知は限定されたものとなっている(註3)。  そのような比較を通して私は、臨床心理学の発展における行動療法の重要性を痛感するようになった。そこで、山上敏子先生を私の研究室に3年連続してお招きし、集中講義をしていただき、学生ともに行動療法を学んだ(註4)。このような私の経験から行動療法学会に期待することは、「行動療法を専門とする皆さんには、日本の臨床心理学においてもっとリーダーシップをとってほしい。そして、日本の臨床心理学の正常化と発展に向けて力を発揮してほしい」ということである。

 ただし、実際のところ、行動療法が日本の臨床心理学、つまり心理臨床学の中で力を発揮するのは、非常に難しい状況である。これは、私のケース・フォーミュレーションによれば、明確な理由がある。それは、心理臨床学には、「行動療法は、一方的に既製プログラムを当てはめ、クライエントを冷徹に指導し、操作的に行動を変えるものである」という認知の偏りがあり、行動療法を意図的に排除する行動パターンがあるからである。この認知の偏りは、多くの臨床心理士が大学院生の頃から刷り込まれてしまっているため、かなり固定したコアビリーフになっている。そのために、型通りの行動療法の説明や例示では、納得しない。

 その結果、行動療法を専門とする方の中には、「心理臨床学の人に説明してもどうせ通じない」と最初から諦めてしまっている方も多いようである。さらに、心理臨床学に対して、対抗心や敵愾心をもつ方もおられるようである。そのような反応が心理臨床学と行動療法の間の相互不信感を維持させる悪循環が成立させ、ひいてはそれが臨床心理学の発展が妨げになっている。

 そこで、行動療法学会には余計な仕事を増やすなと嫌がられることを承知で、日本の臨床心理学を改善するために一肌脱いでほしいと願っている。ぜひ、行動療法学会の内輪に活動を止めずに、積極的に自らの方法を他領域に説明することを推奨していただきたい。学会や大学というアカデミックの場を超えて、臨床現場での交流を通して柔軟に他の方法と協働する活動を展開し、他領域の人たちに「行動療法と組むとこんなに良いことがあるんだ」という経験を少しでも多く、そして幅広く提供してほしい。

 特に“行動療法ではクライエントとの協働関係が大切であること”、“プログラムを当てはめるのではなく、個々の事例に即した機能分析に基づくケース・フォーミュレーションが大切であること”、“クライエントとの間でインフォームドコンセントが前提となっていること”、“コミュニティの中で他の専門職と協働できる柔軟性が高いこと”などを、具体的な事例に即して丁寧に、粘り強く説明していただきたいと思う。私のような門外漢からすると、行動療法学会もやや理論に走り、内輪で固まっている傾向があるように感じることもある。

 日本の臨床心理学は、確かに偏った方向で進んできた歴史はあるが、社会的資格を強く望んでいるのも事実である。もし、社会的資格を得ようとするならば、エビデンスベイストアプローチで有効性が認められている行動療法や認知行動療法を習得していかなければならないのは、誰が見ても明らかである(註5)。したがって、日本の臨床心理学の発展は、行動療法や認知行動療法がどれだけリーダーシップを発揮できるのかにかかっている。ぜひ、そのことを意識して、心理臨床学に対してもアクセプタンスの精神に基づき、柔軟で説得力のある対応を期待したい。臨床心理学の発展に向けての積極的なコミットメントを期待したいところである。


(註1)
Davison,G.C.他のAbnormal Psychology (Wiley)は、第9版が「テキスト臨床心理学全5巻」(誠信書房 2006~2007)として邦訳されている。
(註2)
英国の臨床心理学の実態については、英国の臨床心理学テキスト” What is Clinical Psychology?”(Oxford University Press)の邦訳である「専門職としての臨床心理士」(東京大学出版会 2003)が参考となる。
(註3)
筆者は、日本の臨床心理学の在り方を英国と比較して分析し、今後の発展の方向性を議論した「臨床心理学の学び方(仮題)」(東京大学出版会)を2010年3月に上梓予定である。これは、エビンデスベイストアプローチに基づく臨床心理学の実際を解説する「臨床心理学を学ぶシリーズ全7巻」の最初の配本となる。
(註4)
下山研究室における山上敏子先生の講義録に基づく行動療法の入門書が2010年春に金剛出版から出版予定である。
(註5)
英国心理学協会(BPS)の臨床心理部門の前会長や精神神経学会関係者を招いて日本の臨床心理学の発展課題を議論するシンポジウムが2010年3月28日に開催される。そこでは臨床心理学の発展における行動療法や認知行動療法の重要性が議論されることになる。シンポジウムの案内は1月中旬に
 http://www.p.u-tokyo.ac.jp/shimoyama/ 
に掲載される予定である。


下山晴彦  東京大学、日本心理臨床学会