お知らせ

2021年7月25日

JABCT遠隔によるケーススタディの取り扱いの方針

JABCT理事長 嶋田洋徳
JABCT遠隔による事例の取り扱い検討WG長 本岡寛子
JABCT企画委員会委員長 伊藤義徳

1.新型コロナウイルス拡大以降の我が国の動向と今後の方向性

 本学会の年次大会やコロキウムにおいて,臨床力向上のための必須プログラムのひとつとして,例年,ケーススタディが実施されてきました。しかし,2020年度は新型コロナウイルス拡大の影響で,年次大会をオンラインに切り替えた学会が多く見られ,本学会もその一つでした。その際,どの学会においてもオンラインによるケーススタディ・セッションの実施については懸念の声があり,中止もしくは大会論文集の掲載のみで対応された学会,オンライン上で実施した学会等,判断は様々に分かれました。
 突然コロナ禍に見舞われた昨年は致し方なかったとは言え,我々心理専門職のスキルアップのためにケーススタディ・セッションは不可欠な教育の機会であり,このままいつまで続くかもわからないコロナの影響に屈してそうした機会をただ先延ばしにすることは賢明とは言えません。実際教育現場では,例えば専門家養成の大学院(2年生間の養成期間)におけるケースカンファレンス,スーパーヴァイズについて,学生の臨床力向上に欠かせないと判断し,遠隔で続行しているところが多数報告されていています。
 さらに,本年度オンラインで学会を開催し,これまで遠方での学会参加が困難であった人(子育てや介護等の理由)が,オンライン学会であったことでむしろ参加が可能となったという声を耳にします。オンラインでケーススタディ・セッションが実施できれば,そのような人達にも教育・研修の機会を提供できるチャンスとも言えます。
 よって,今後,遠隔であっても,セキュリティを担保しながら継続的にケーススタディが実施できる体制を整えておくことが重要であると考えます。
 オンラインでケーススタディ・セッションを実施する際,発表者側に個人のプライバシー保護を含む倫理的配慮を求めること,また,参加者にも守秘義務の遵守を求めることについては対面学会と変わりはありません。オンライン実施固有の懸念としては,参加者側が個々の場所(自宅や職場等,ひとりの空間とは限らない場所)から参加しているため,参加登録者以外が視聴するリスクがあるということです。この他,配布資料を回収できないこと,口頭での質疑応答に困難さが生じること(発言のタイミングが被る),等も懸念事項です。
 また,情報管理の点はもとより,発表者と参加者が質疑応答を繰り返す中でケース理解を深めることにこそケーススタディ・セッションの意義があると考えられるため,オンデマンドではなくライブで実施することが望ましいと思われます。
 以上のことから,遠隔でのケーススタディの取り扱いポイントは,①発表内容(発表抄録,当日の発表資料)の事前審査をこれまで以上に厳重に行う(個人情報保護法が遵守されているか),②参加者の守秘義務違反の予防対策を徹底する,③ライブ配信のみで実施し,質疑応答の時間(口頭以外のツールも併用)を必ず設ける,の3点と考えます。

2.海外のtelepractice,遠隔スーパービジョンの現状

 アメリカでは,The Health Insurance Portability and Accountability Act (HIPAA) という医療従事者向けのガイドラインに準じていることが心理臨床家に求められており,従っていないと事業者に多額の罰金が課せられます。そのため,ケーススタディに参加できるのはアメリカの州が認定する心理師資格の有資格者のみに限定されています。
 また,telepracticeで用いて良いプラットフォームは,HIPAAで定められているビジネスアソシエイツとなっているものに限られています。例えば,Zoomにも無料から様々な料金プランがありますが,加えて”for Healthcare”という契約形態があり,これが本来コンプライアントだとされているものです(2021年6月現在,日本語では「遠隔医療向けZoom」というサイトはあるものの,日本向けのシステムには未対応)。また,Doxy.meなども該当です。ただし,Covid-19の緊急事態ということで,それ以外のものを用いていたとしても当面,罰金は科されないことになっているそうです。
 日本では,2020年度の学会や大学でZoomが多く使用されていることから,参加者が操作に慣れていることを考慮すると,今後もプラットフォームとしてZoomが第一選択となると思われます。しかし,遠隔プラットフォームは常に進化しており,HIPAAの基準も参照しつつ,常に最新の情報に基づいて最適なプラットフォームを選択する必要があります。
 また,2018年以降,下記の遠隔SVの有効性を検討した実証研究が行われ,エビデンスや配慮事項が蓄積されはじめています。

 論文1:Martin, P., Lizarondo, L., & Kumar, S. (2018). A systematic review of the factors that influence the quality and effectiveness of telesupervision for health professionals. Journal of telemedicine and telecare, 24(4), 271-281.
 論文2:Tarlow, K. R., McCord, C. E., Nelon, J. L., & Bernhard, P. A. (2020). Comparing in-person supervision and telesupervision: A multiple baseline single-case study. Journal of Psychotherapy Integration, 30(2), 383-393.
 論文3:Abbass, A., Arthey, S., Elliott, J., Fedak, T., Nowoweiski, D., Markovski, J., & Nowoweiski, S. (2011). Web-conference supervision for advanced psychotherapy training: A practical guide. Psychotherapy, 48(2), 109.

 遠隔SVにおいても,守秘義務やセキュリティに関する配慮は,基本的は遠隔心理学における配慮事項と同様とさています。配信側だけでなく,聴衆となる参加者にもソフトウェアのセキュリティアップデートを強く呼びかける必要性が指摘されています。
 遠隔SVを効果的に実施するためには,バイジーもバイザーもその他の参加者も,遠隔ツールの操作に慣れておく必要があり,遠隔ツールの使い方それ自体について事前にトレーニングを受けることが重要とされています。
 以上の海外の動向を鑑み,我が国における遠隔におけるケーススタディの実施においても,①ケーススタディの内容によって心理師資格の有資格者に限定するか否かを決定する,②ケーススタディ実施に適したプラットフォームを検討する,③参加者に遠隔ツールの操作,守秘義務やセキュリティに関する配慮事項を十分伝える,の3点を考慮する必要があるといえます。

3.ケーススタディにおけるその他の配慮事項

 本学会では,2019年にダイバシティ推進WGが立ちあがり,2020年にダイバシティ推進委員会が設置され,性別,世代,国籍,身体的・精神的個性(疾患・障害),性的指向,職種やキャリア等の多様性を尊重するダイバシティの精神に基づいた学会運営を目指しています。会員は,社会的責務を果たすために,心理的支援を必要とする方やその関係者等への心理的支援や情報の提供にあたっては,ダイバシティの精神の則った共感的理解による分かりやすい説明と,エビデンスに基づいた最善の心理的支援の提供に努めるとともに,心理的支援に関する理解啓発活動の推進が求められています。
 よって,ケーススタディにおいても,心理支援を必要としている当事者やその関係者等にとって,利益を得ることができる発表内容になっているかを心掛ける必要があります。

 以上の事項を踏まえて,遠隔での年次大会及びコロキウムにおけるケーススタディの取り取り扱いに関して,【資料1】遠隔におけるケーススタディの運営・進め方について,【資料2】説明文・チェックシート(発表者用),【資料3】説明文・チェックシート(参加者用)の3点を作成しました。

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